2013年1月17日木曜日

時間

次回大人ディスコあけみで再演するために、あけみvol.4のDVDを見ました。

(大人ディスコあけみvol.7 「喝采」は2月15日(金)ですよー!さあ手帳にメモメモ。)

たった9ヶ月前の事なのに、自分の踊りが今と全然違うように見えて驚いたこと。
まず、元気。
ようそんなに張り切りますな、ってぐらい元気で、今同じぐらい元気に踊れと言われてもできない気がします。

そして、痩せてる。デュオ相手の鎌倉さんに出来るだけ負担をかけないようにとギリギリまで体重を落としたのです。

いや、これを再演するので今だって体重は軽いに越したことはないのだけど、果物と豆腐とカロリーメイトばっかり食べてストイックにダイエットしてたあの時と同じようには今はできない気分。

さらに、踊りに対象がいない。
誰のために、何の為に踊ってるのか自分でわかってない。って事が今はわかる。


多分他の人が見ても殆ど分からない程度の差だとは思うけど、私には違いがよく分かるのです。

良いところも悪いところもあり、こんな風に思い切り良く動けたらいいと思う反面、こんな風にはもうできないとも思います。
9ヶ月の間に失ったもの、得たもの、どちらもあるけど、とにかくもうそこには戻れないという事をDVDを見ながらしみじみ思いました。

日々の生活。日々の選択。

時の流れ。


2013年1月7日月曜日

踊れる体

よく話題になることですが、「踊れる」とはどういう事を指すのかという話。

もともとジャズダンスから入って、そのあとモダンダンスやバレエのトレーニングをしていた私には、「踊れる」=先生や先輩や、その他たくさんの舞台で見るダンサーみたいに動けること、というイメージがありました。

特にグラハムテクニックを習ってたモダンダンス時代は、見に行く舞台と言ったらカニングハム、フォーサイス、アルビンエイリー、ピナ、などなどアメリカやヨーロッパのビッグカンパニーで、それはそれは体の効くダンサー達を見て、目指す方向の最高峰があれなのだと思っていました。

この刷り込みはなかなか根強く、そこに照らし合わせて自分は「踊れない」とずーっとしつこく思ってきたのですが、ダンスのレッスンというものに通わなくなって10年ちょっと、このところやっとその刷り込みから解放されてきました。


2012年12月19日水曜日

大人ディスコあけみvol.6 終了!

改めまして、昨夜の「大人ディスコあけみvol.6」にご出演頂いたママ様方、セッションハウスの皆様、そして、お客様、ほんとうにどうもありがとうございました。

今回はママの人数が多くて、楽屋が賑やかで賑やかで、良く知ってるあのダンサーやこのダンサーが、みるみる綺麗に、そして、ママになって行くのを横目で見ながら楽しくて仕方ありませんでした。

ママ達を初めて見たお客様は、びっくりされたと思います。
ママ達を他の舞台で見た事があるお客様は、さらにびっくりされたと思います。
みんなキュートでセクシーだったでしょ!?
ほんとうに、自慢のママ達です。愛してます。

そして、これをセッションハウスでできた事。
これもまた一つ自信になりそうです。セッションハウスがディスコに変身した瞬間、そして、調光卓から満面の笑みで手を振るスパンコール直子さんの姿を、私は一生忘れません。

本番中、ママ達が踊りまくるのを見ながら、あけみママに誘われて始めた大人ディスコあけみ、やれて良かった、吟子になれて良かった、今この場にいられて良かったとこみ上げてくるものがありました。

何度でも言いますよ。
音楽は、ダンスは、愛なのですよ。
それを広げるためにあたしはこれからも頑張るよ。

FBを開いて、昨日のママ達の写真にいいね!いいね!いいね!しっぱなし。
もっといいね!したい。

大人ディスコにおけるチップ、マユーロは、つまり「いいね!」って事ですよ。みんなもいいね!したいでしょう?
大人ディスコあけみが、お客様が心からいいね!と言える場所であるよう、大事に大事に続けていきます。

本当にありがとうございました。

LOVE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2012年12月10日月曜日

今朝目が覚める直前、頭の中でいろんな言葉が飛び交い、
最終的に

「つもりがあろうとなかろうと
 生きてるだけで傷つける」

という言葉になりました。

ある特定の状況を指した訳ではないけれど、
人は皆何かしらや誰かしらを傷つける事なく
生きて行くことなんてできないんじゃないかと思うのです。



2012年10月22日月曜日

いきなり壁

来年、ソロで公演する事に決めました。

心の底にふわふわと埃のように漂ってたやりたい気持ちとかイメージとかがだんだん蓄積して凝縮してきて、ある日、パソコン作業から逃げ出したくてリビングで踊ってた時にいきなりそれら全てがギュギュッと固まってコロリと塊になって転げ出ました。

でちったからには仕方がないのでやる、やるんだけども、これを実現する事を考えると、まずお金がかかる事は間違いない。
会場というかパフォーマンススペースを一から作る事になるからです。

んー、と思って信頼のテクニカルスタッフさんにちらと聞いてみました。
「こんな事ってできますかしら?」と。
返事は予想通り、「お金かかるよ」と。
ですよねー。

でも、やりたい。

では、と助成金を取れるかどうか調べてみたら、申し込めそうなものがいくつか。
でも、申し込むには会場やら日時やらが決まってないといけない(らしい)。


じゃあまずは会場決めましょう。

という事で、この1週間、調べに調べまくっています。

冒頭で「公演」と言ったけども、「公演」という単語が全然全くしっくりこない。
劇場でやる事はほぼ考えられない。
外せない条件がいくつかあるけど、ステージと客席があるっていう時点でまず無理。


そして、ここでやりたい!という場所を見つけたけれど、高い。もんのすごく高い。
して、パフォーマンスの為の場所ではないので色々ハードルも高い。
ここに決定してから助成金申請して、ダメだったら借金まみれ。リスクも高い。
懐かしの3K。

むむむ…。


もう少しハードル低いところであたってみましょうと、あるギャラリーに電話を入れたらたまたまオーナーさんが電話に出られた。ちょこっとお話をしたら過去の経験からダンスパフォーマンスにはあまり貸したくないとのこと。

むむむむ…。

まあとりあえずお話聞くだけでも、今日か明日なら内見もできますし、との事だったので早速その日に伺った。

演劇の方々が公演で使う事がよくあるそうだけど、最近の流行?みんなでダンスするシーンが必ず入っていると。その足音が下に響くのだそうです。ダンサーじゃないので床へのタッチが硬いと。そして、ギャラリーという開かれた場所でやるのに、仕込みやリハやらの時間はドアを閉め切って、たまたまふらっと通りがかった人に対して扉を開かない。じゃあなんでギャラリーでやるんだよ?といつも疑問に思っていたそうです。仕込みやリハという舞台人なら「裏」と思ってしまうところに面白みを感じる人だっている。別の展示を見に来た人を取っ捕まえて、夜の公演見に来て下さい!って言えばいいのに、って。

そして逆に、そこで展示をする若いアーティスト達は、たまたま通りかかる人を待つばかりで、自分達でお客さんを呼ばない。ただそこに作品があるだけで人を惹き付ける力を持ったものなんて、ほんとにほんとに一握り、滅多にお目にかかるもんじゃない。たくさんの人に見てもらって感想聞いて、色んな人の目を通して自分の作品を見る事が展示の意義だと。自分で失敗作だと思ってるものだって色々並べておけばいいと。


んー、非常にためになるお話で、妄想がさらに膨らみました。


そして、「で、あなたはどんな事がやりたいの?」と言われて、今考えている事をお話すると、にやっと笑って「面白い!」と言って下さいました。そういう事ならお貸ししてもいいでしょうと。

ほーーーっ。


とりあえず、やらしてもらえそうなところ(そしてそれほど高くない)が一つ見つかった。あー良かった!もうここに決めちゃおうかしら!となりそうになったけど、心を落ち着けて内見をさせてもらった。

悪くない。悪くはない。
いや、いいところもたくさんある。

だけど、「ピン!」が来なかった。
そして、ちょっと、ほんのちょっとイメージしているより狭い。

それがただの贅沢なのかなんなのかまだ分からないけど、このソロ○○(公演って言いたくない)をやるに向けて、一つ心に決めている事がある。当たり前の事だけど、妥協しないって事。心に引っかかった小さな違和感を無視しない事。「まいっかー」が口ぐせの私にはこれがとても難しい。


お金もない、才能もない、実績もない、あるのは妄想だけ、っていうこの状態で妥協せずにどこまでやれるのか、そもそもほんとにやれるのか!?とすでに頭を抱えたい状態だけど、なんかこれが出来なかったら私生きてる意味がない、と思うのです。

時間はある、と言いたいけれど、それもやっぱりない。
いつかやろうと思ってたって、「いつか」なんて言ってる間はやりゃあしない。それは自分でよく分かってます。だから、日時だけ決めました。何の根拠もないけど、助成金申請するのに書かなきゃいけなかったから。
2013年5月23日〜26日のうちの何日か。
随分先のようだけど、3月末ぐらいまでなんじゃかんじゃしてるので、私としてはこれがギリギリできる日程。それより前だと「妥協」がちらつくし、それより後だと「まだ先ねー」とひよってしまう。


ああ、こう書いておいてもうなんかうへーってなるけど、実現できたら絶対面白いはずなんです。少なくともあたしは見てみたい。
これを最後に表現活動する意欲も気力もなくなったとしても構わない。
そんぐらいの気持ちでやってみます。


まずは会場探し…。
調べものと下見巡りの旅がしばらく続きそうです。





2012年9月16日日曜日

選択の基準

以前クラスを持っていたある俳優養成所でのレッスンの中で、
恥ずかしがってなかなかやろうとしない子たちに向かって、

「あなた達にとっての二択は、できるかできないかじゃない。
 やるかやらないかなんだよ。」

と毎回毎回言っていました。

俳優という仕事についてはよく知りませんが、例えば
「サーフィンできる?」
「麻雀できる?」
「馬乗れる?」
「オーボエ吹ける?」
「スワヒリ語喋れる?」
「ばーっと走ってってそのままの勢いで前のめりに倒れられる?」
「脱げる?」
などと聞かれた場合、できるかできないかで言ったら
たいていの事は「できない」に属するんじゃないかと思います。


2012年9月15日土曜日

「蜜 室」閉幕。

オリンピックがいつの間にか始まって、いつの間にか終わっていました。
気がついたら蝉が鳴いていました。
さらに、鈴虫が鳴き始めています。

そして、この数ヶ月、全てをつぎ込んできた「蜜 室」が終わりました。


稽古の始まりはフェードインで、そして終わりはカットアウトです。

いつの間にか作品の稽古が始まり、気がついたら他に何も見えないほど
作品にどっぷり浸かり、心も体も時間も全て捧げた状態で舞台に向かい、
そして公演が終わった次の日、いきなり何もなくなりました。

それまでうんざりするほど毎日毎日顔を合わせていたメンバーと
突然会わなくなり、毎日何度も聞いていた音楽を耳にしなくなり、
毎日稽古していた動きをやる必要がなくなります。

この体に染み付いたあの動きは、やがて薄れていく。

今なら、まだ踊れる。全部踊れる。
なのに、踊る場がない。

あまりに唐突に終わるので、止まれない心と体が戸惑っています。

この慣性の法則とでもいうべき戸惑いがあるからこそ、
次を求めていけるのかな、と思う今日。

すでに次の機会を求めてやまない自分がおります。