2012年12月19日水曜日

大人ディスコあけみvol.6 終了!

改めまして、昨夜の「大人ディスコあけみvol.6」にご出演頂いたママ様方、セッションハウスの皆様、そして、お客様、ほんとうにどうもありがとうございました。

今回はママの人数が多くて、楽屋が賑やかで賑やかで、良く知ってるあのダンサーやこのダンサーが、みるみる綺麗に、そして、ママになって行くのを横目で見ながら楽しくて仕方ありませんでした。

ママ達を初めて見たお客様は、びっくりされたと思います。
ママ達を他の舞台で見た事があるお客様は、さらにびっくりされたと思います。
みんなキュートでセクシーだったでしょ!?
ほんとうに、自慢のママ達です。愛してます。

そして、これをセッションハウスでできた事。
これもまた一つ自信になりそうです。セッションハウスがディスコに変身した瞬間、そして、調光卓から満面の笑みで手を振るスパンコール直子さんの姿を、私は一生忘れません。

本番中、ママ達が踊りまくるのを見ながら、あけみママに誘われて始めた大人ディスコあけみ、やれて良かった、吟子になれて良かった、今この場にいられて良かったとこみ上げてくるものがありました。

何度でも言いますよ。
音楽は、ダンスは、愛なのですよ。
それを広げるためにあたしはこれからも頑張るよ。

FBを開いて、昨日のママ達の写真にいいね!いいね!いいね!しっぱなし。
もっといいね!したい。

大人ディスコにおけるチップ、マユーロは、つまり「いいね!」って事ですよ。みんなもいいね!したいでしょう?
大人ディスコあけみが、お客様が心からいいね!と言える場所であるよう、大事に大事に続けていきます。

本当にありがとうございました。

LOVE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2012年12月10日月曜日

今朝目が覚める直前、頭の中でいろんな言葉が飛び交い、
最終的に

「つもりがあろうとなかろうと
 生きてるだけで傷つける」

という言葉になりました。

ある特定の状況を指した訳ではないけれど、
人は皆何かしらや誰かしらを傷つける事なく
生きて行くことなんてできないんじゃないかと思うのです。



2012年10月22日月曜日

いきなり壁

来年、ソロで公演する事に決めました。

心の底にふわふわと埃のように漂ってたやりたい気持ちとかイメージとかがだんだん蓄積して凝縮してきて、ある日、パソコン作業から逃げ出したくてリビングで踊ってた時にいきなりそれら全てがギュギュッと固まってコロリと塊になって転げ出ました。

でちったからには仕方がないのでやる、やるんだけども、これを実現する事を考えると、まずお金がかかる事は間違いない。
会場というかパフォーマンススペースを一から作る事になるからです。

んー、と思って信頼のテクニカルスタッフさんにちらと聞いてみました。
「こんな事ってできますかしら?」と。
返事は予想通り、「お金かかるよ」と。
ですよねー。

でも、やりたい。

では、と助成金を取れるかどうか調べてみたら、申し込めそうなものがいくつか。
でも、申し込むには会場やら日時やらが決まってないといけない(らしい)。


じゃあまずは会場決めましょう。

という事で、この1週間、調べに調べまくっています。

冒頭で「公演」と言ったけども、「公演」という単語が全然全くしっくりこない。
劇場でやる事はほぼ考えられない。
外せない条件がいくつかあるけど、ステージと客席があるっていう時点でまず無理。


そして、ここでやりたい!という場所を見つけたけれど、高い。もんのすごく高い。
して、パフォーマンスの為の場所ではないので色々ハードルも高い。
ここに決定してから助成金申請して、ダメだったら借金まみれ。リスクも高い。
懐かしの3K。

むむむ…。


もう少しハードル低いところであたってみましょうと、あるギャラリーに電話を入れたらたまたまオーナーさんが電話に出られた。ちょこっとお話をしたら過去の経験からダンスパフォーマンスにはあまり貸したくないとのこと。

むむむむ…。

まあとりあえずお話聞くだけでも、今日か明日なら内見もできますし、との事だったので早速その日に伺った。

演劇の方々が公演で使う事がよくあるそうだけど、最近の流行?みんなでダンスするシーンが必ず入っていると。その足音が下に響くのだそうです。ダンサーじゃないので床へのタッチが硬いと。そして、ギャラリーという開かれた場所でやるのに、仕込みやリハやらの時間はドアを閉め切って、たまたまふらっと通りがかった人に対して扉を開かない。じゃあなんでギャラリーでやるんだよ?といつも疑問に思っていたそうです。仕込みやリハという舞台人なら「裏」と思ってしまうところに面白みを感じる人だっている。別の展示を見に来た人を取っ捕まえて、夜の公演見に来て下さい!って言えばいいのに、って。

そして逆に、そこで展示をする若いアーティスト達は、たまたま通りかかる人を待つばかりで、自分達でお客さんを呼ばない。ただそこに作品があるだけで人を惹き付ける力を持ったものなんて、ほんとにほんとに一握り、滅多にお目にかかるもんじゃない。たくさんの人に見てもらって感想聞いて、色んな人の目を通して自分の作品を見る事が展示の意義だと。自分で失敗作だと思ってるものだって色々並べておけばいいと。


んー、非常にためになるお話で、妄想がさらに膨らみました。


そして、「で、あなたはどんな事がやりたいの?」と言われて、今考えている事をお話すると、にやっと笑って「面白い!」と言って下さいました。そういう事ならお貸ししてもいいでしょうと。

ほーーーっ。


とりあえず、やらしてもらえそうなところ(そしてそれほど高くない)が一つ見つかった。あー良かった!もうここに決めちゃおうかしら!となりそうになったけど、心を落ち着けて内見をさせてもらった。

悪くない。悪くはない。
いや、いいところもたくさんある。

だけど、「ピン!」が来なかった。
そして、ちょっと、ほんのちょっとイメージしているより狭い。

それがただの贅沢なのかなんなのかまだ分からないけど、このソロ○○(公演って言いたくない)をやるに向けて、一つ心に決めている事がある。当たり前の事だけど、妥協しないって事。心に引っかかった小さな違和感を無視しない事。「まいっかー」が口ぐせの私にはこれがとても難しい。


お金もない、才能もない、実績もない、あるのは妄想だけ、っていうこの状態で妥協せずにどこまでやれるのか、そもそもほんとにやれるのか!?とすでに頭を抱えたい状態だけど、なんかこれが出来なかったら私生きてる意味がない、と思うのです。

時間はある、と言いたいけれど、それもやっぱりない。
いつかやろうと思ってたって、「いつか」なんて言ってる間はやりゃあしない。それは自分でよく分かってます。だから、日時だけ決めました。何の根拠もないけど、助成金申請するのに書かなきゃいけなかったから。
2013年5月23日〜26日のうちの何日か。
随分先のようだけど、3月末ぐらいまでなんじゃかんじゃしてるので、私としてはこれがギリギリできる日程。それより前だと「妥協」がちらつくし、それより後だと「まだ先ねー」とひよってしまう。


ああ、こう書いておいてもうなんかうへーってなるけど、実現できたら絶対面白いはずなんです。少なくともあたしは見てみたい。
これを最後に表現活動する意欲も気力もなくなったとしても構わない。
そんぐらいの気持ちでやってみます。


まずは会場探し…。
調べものと下見巡りの旅がしばらく続きそうです。





2012年9月16日日曜日

選択の基準

以前クラスを持っていたある俳優養成所でのレッスンの中で、
恥ずかしがってなかなかやろうとしない子たちに向かって、

「あなた達にとっての二択は、できるかできないかじゃない。
 やるかやらないかなんだよ。」

と毎回毎回言っていました。

俳優という仕事についてはよく知りませんが、例えば
「サーフィンできる?」
「麻雀できる?」
「馬乗れる?」
「オーボエ吹ける?」
「スワヒリ語喋れる?」
「ばーっと走ってってそのままの勢いで前のめりに倒れられる?」
「脱げる?」
などと聞かれた場合、できるかできないかで言ったら
たいていの事は「できない」に属するんじゃないかと思います。


2012年9月15日土曜日

「蜜 室」閉幕。

オリンピックがいつの間にか始まって、いつの間にか終わっていました。
気がついたら蝉が鳴いていました。
さらに、鈴虫が鳴き始めています。

そして、この数ヶ月、全てをつぎ込んできた「蜜 室」が終わりました。


稽古の始まりはフェードインで、そして終わりはカットアウトです。

いつの間にか作品の稽古が始まり、気がついたら他に何も見えないほど
作品にどっぷり浸かり、心も体も時間も全て捧げた状態で舞台に向かい、
そして公演が終わった次の日、いきなり何もなくなりました。

それまでうんざりするほど毎日毎日顔を合わせていたメンバーと
突然会わなくなり、毎日何度も聞いていた音楽を耳にしなくなり、
毎日稽古していた動きをやる必要がなくなります。

この体に染み付いたあの動きは、やがて薄れていく。

今なら、まだ踊れる。全部踊れる。
なのに、踊る場がない。

あまりに唐突に終わるので、止まれない心と体が戸惑っています。

この慣性の法則とでもいうべき戸惑いがあるからこそ、
次を求めていけるのかな、と思う今日。

すでに次の機会を求めてやまない自分がおります。


2012年7月31日火曜日

「蜜 室」への思い

ここのところブログを書く気力がない、ってのが本音ですが、
今回の新作公演「蜜 室」について、ほんとにほんとに気力がなくなる前に
書いておきます。


作品を作るのはまずタイトルから、と言っても過言ではありません。
宣伝の都合とか色々ありますしね。
タイトル決まらない事には何も動かないのです。

もやもやしたコンセプトや何かが、タイトルという形を与える事で
はっきりしてくる、というのもありますし、
皆で共通見解を持つのにも役立ちます。


作品タイトルは毎回部長がつけますが、
今回は割と早かったです。


内部事情的な話しにもなりますが、作品の根幹でもあるので
このタイトルになった経緯を書いておきます。

部長の言葉を思い出しながら書いてるので正確ではないかもしれず、
作品の根幹部分にもつながるので予備知識欲しくない!って方は
読まずに食べてください。



2012年6月15日金曜日

引き継がれるもの


宇野萬さん。


たった一度公演でご一緒しただけだけど。


その公演は、まことクラヴでの活動の中で1、2を争うしんどさだった。
作業が終わらず、毎晩ろくに寝る時間もなく、とうとう間に合わなくてYCAMに泊まり込み、深夜の暗い部屋でしんどさの余り一人絶叫しながら作業した。
もうこれで最後だ、二度とやるか、と思いながら。


朝になって不機嫌なまま会場に行くと、萬さんはいつも同じ飄々とした笑顔で迎えてくれた。
こんな事無理かも?というリクエストも、「やろう」と一言で言って答えてくれた。
萬さんが「やろう」というと何故かできてしまうような雰囲気になった。


自分でいっぱいだった私は、不機嫌さを隠そうともせず、そのまま本番を迎えた。
もう打ち上げも出たくないぐらい消耗したけど、萬さんのお店には行きたくて、少し遅れて打ち上げに行った。


オープンしたばっかりの萬さんのお店の壁には、すでにそれまでに訪れたアーティストのサインが書かれていた。
こんなとこに自分のサインなんて、と思っていたら、萬さんが
「この壁にはアーティストにしかサインさせないの。好きなとこに書いていいよ。」
と言ってくれた。

大好きな川野眞子さんのサインの下に小さく書かせてもらった。

今はもう閉店してしまったと聞いているのであのサインはもうないかも知れないけど、萬さんがくれた小さな誇りの事は忘れない。


その後何度かお会いして、その度に子犬のように走りよって感謝を伝えようとしたけれど、萬さんはそんなのさらっとかわしてふわりとどこかに行ってしまった。



最後にお会いしたのは、去年の5月11日、野和田恵里花さんの命日にきゅりあんで行われた公演の時。

萬さんが踊るのを見たくて、みんなでインプロする時間に客席まで迎えに行ったけど、
「俺はいいよ。ここで見てる」とまたふわっとかわされてしまった。
多分、体がきつかったのかもしれない。

結局きちんとお礼は言えないままだったけど、今私がまだこうして踊りを続けていられるのは、萬さんや恵里花さんやその他たくさんの先人達の与えてくれたもののおかげだ。


素敵な大人たちの、足元にも遠く及ばない私だけれど、言えなかったありがとうを踊りに込めていきたい。


萬さんのご冥福を心よりお祈りいたします。